2009年9月27日日曜日

2007/06/22

2年前の深夜、初代京論壇ブログに、自分がこんな投稿をしているのを見つけました。

==

安全保障分科会のテーマ決めに際して、
日中双方が関心を寄せているテーマとして、
Taiwan Strait Issueが挙がっている。
果たして、安全保障というがっちりとした文脈の中で、
どれ程深められるテーマなのか、まだまだ未知数であり、
準備の仕方によって議論の方向性も変わってくるだろう。
いずれにせよ、台湾問題が多分に感情的側面を含んだ問題であるということが、
この問題の解決を困難にしている一要因である、と考えることは可能だと思う。

先日、フランス科の某M先生と、日中関係について話していた時のことだ。
先生は、李登輝訪日に際して、彼のことを、「迷惑な人間である」と評した。
何気ない一言であることは明白だった。
しかし、その瞬間、私の頭は真っ白になり、怒りすら感じたのだった。
私は、李登輝について、客観的な視点を失った自分に今でも驚いている。

一年間、台湾に住む。(ゴキブリと格闘し、北京語は習得できない)
小学校低学年頃まで、何度か台湾に足を運ぶ機会があり、
台湾はれっきとしたstateだと捉えていた。
祖父は李登輝と親交があり、
祖父の事務所には、李登輝と祖父の写真、そして台湾の旗がある。
二人は、親日・反中である。
李登輝の話をなんとなく聞かされて育つ。

中学生になった頃から、台湾に行かなくなる。
大学では、台湾は、国家承認をなされていないentityとして扱われる。
台湾と縁遠くなった私は、Taiwan Strait Issueに対して、
客観的な見解を持てると考えていた。

しかし、先日の某M先生の発言に、感情的になってしまった自分がいた。
台湾問題や、歴史問題の感情的な側面を、自分の存在を通じて痛感した瞬間だった。


と、だらだらと書いてしまいました。つまらないですね。
ただ、歴史問題などにはこうした個人の感情の根っこが常につきまとうのでは、
と思って書いてしまいました。
==
※M先生は、留学に際してとてもお世話になりました。

今日は母が、私の進路とアイデンティティーについて初めて口を出す。
私はあまりにも楽観的で、半年くらい前に指摘してもらってはっとしたのですが・・・国家という枠組みの前では、異邦人になってしまうのか・・・でも、決してネガティブな要素としては捉えたくなくて、所与のgiftと思って大切にしたいものだし、今までもずっとそうしてきたのだと思う。別に誰かに押し付けるのでなく、自分の中でそっと大切にしてゆきたいものなのです。

2年前の投稿を見つけて、ちょっと眠れなくなりました。


台湾人生


追記:
上記のようなことについて思いを巡らせていると、最近この人を思い出す。
パブリックセクターでUne femme pour deux paysを実現するって日本ではなかなか考えられない。
本当にこの人キレキレで怖かったw

0 件のコメント: