出発に際して、メッセージやプレゼントをくださった皆様、本当にありがとう:)
光溢れる金曜の夜、ひっそりとブログを始めようかと。
一番最初のエントリーは、やっぱり8月14日について書きたいな。
==
気づけば、私の出発の日は、さまざまな意味合いを帯びていたように思う。
喉から手が出るほど欲しかった留学の始まりであり、
ひたすら家族に甘えてきた私が独立する契機であり、
とてもきらきらした夏休みの終わりであり、でもある意味新たな関係性の始まりでもあった。
こんなにどきどきしながら乗る成田エクスプレスは初めて。
窓から見える空は、この夏一番の美しさで、たくさんの想いが詰まった町を見下していて。
いつもなら長く感じる1時間があっという間に過ぎてゆく中で、
かなり淡泊に生きてきた私が決して経験したことないような、そんな感情が湧き出てきた。
嬉しい時、悔しい時、「私はこの瞬間を忘れない」と強烈に念じる瞬間がいままであったのを思い出す。
成田に向かう中、私は確かにそう念じていたのでした。
空港では、私を見送る、という共通項でのみ集まってくれた人たちが談笑をしていて、
なんだかとても温かい気分になりました。
直前まで遊びまわる私に激怒していた母、(あんた最低よ、と出発の日の朝に言われた)
前日にPCが壊れて、一緒に新しいPCを買いにいってくれた父、(ウェブカメラも買ってくれて、とっても役に立ってます)
尊敬すべき愛すべき女性の模範であるおばあちゃん、(火の用心…などなど書かれたポスターも下さりました。2枚も。)
大切な役回りがあるのに嫌な顔一つせずに成田エクスプレスのチケットを一緒に買ってくれた人、
前日にアメリカから帰ってきたばかりなのに見送りに来てくれた人、
地理に疎いのにわざわざ成田空港までやってきてくれた人、
みなさん、とても感謝しています。
そして面識のない私の友人達と家族が話しているのを見て、
くすぐったいような、微笑ましいような、なんだか幸せな空気を感じていたのでした。
飛行機の中で、とっても素敵な手紙を2通読みました。
一つは、18年間を共にした親友から。
もう一つは、レポート用紙3ページに渡る手紙。
気づけば、目から涙が流れていて、体の水分がなくなるんじゃないかという位、私は泣いていました。
隣のイギリス人親子と、隣の隣に座っていた教養学部の先輩(であることが後に判明)に生暖かい目で見られながら、
自分の感情の爆発に、ただただ驚くばかりのフライトでした。
8月14日の17時過ぎ、私はパリに着きました。
晴れ渡る空はどこまでも美しく、成田へ向かう空を彷彿とさせ、
自然と足は、エッフェル塔へ向かっていました。
8月14日、東京‐パリ、快晴。
この夏の終わりの最高の日、
そして1年に渡る挑戦の始まりの日、
私はずっと覚えていることになるでしょう。
私の部屋の窓から。

光溢れる金曜の夜、ひっそりとブログを始めようかと。
一番最初のエントリーは、やっぱり8月14日について書きたいな。
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気づけば、私の出発の日は、さまざまな意味合いを帯びていたように思う。
喉から手が出るほど欲しかった留学の始まりであり、
ひたすら家族に甘えてきた私が独立する契機であり、
とてもきらきらした夏休みの終わりであり、でもある意味新たな関係性の始まりでもあった。
こんなにどきどきしながら乗る成田エクスプレスは初めて。
窓から見える空は、この夏一番の美しさで、たくさんの想いが詰まった町を見下していて。
いつもなら長く感じる1時間があっという間に過ぎてゆく中で、
かなり淡泊に生きてきた私が決して経験したことないような、そんな感情が湧き出てきた。
嬉しい時、悔しい時、「私はこの瞬間を忘れない」と強烈に念じる瞬間がいままであったのを思い出す。
成田に向かう中、私は確かにそう念じていたのでした。
空港では、私を見送る、という共通項でのみ集まってくれた人たちが談笑をしていて、
なんだかとても温かい気分になりました。
直前まで遊びまわる私に激怒していた母、(あんた最低よ、と出発の日の朝に言われた)
前日にPCが壊れて、一緒に新しいPCを買いにいってくれた父、(ウェブカメラも買ってくれて、とっても役に立ってます)
尊敬すべき愛すべき女性の模範であるおばあちゃん、(火の用心…などなど書かれたポスターも下さりました。2枚も。)
大切な役回りがあるのに嫌な顔一つせずに成田エクスプレスのチケットを一緒に買ってくれた人、
前日にアメリカから帰ってきたばかりなのに見送りに来てくれた人、
地理に疎いのにわざわざ成田空港までやってきてくれた人、
みなさん、とても感謝しています。
そして面識のない私の友人達と家族が話しているのを見て、
くすぐったいような、微笑ましいような、なんだか幸せな空気を感じていたのでした。
飛行機の中で、とっても素敵な手紙を2通読みました。
一つは、18年間を共にした親友から。
もう一つは、レポート用紙3ページに渡る手紙。
気づけば、目から涙が流れていて、体の水分がなくなるんじゃないかという位、私は泣いていました。
隣のイギリス人親子と、隣の隣に座っていた教養学部の先輩(であることが後に判明)に生暖かい目で見られながら、
自分の感情の爆発に、ただただ驚くばかりのフライトでした。
8月14日の17時過ぎ、私はパリに着きました。
晴れ渡る空はどこまでも美しく、成田へ向かう空を彷彿とさせ、
自然と足は、エッフェル塔へ向かっていました。
8月14日、東京‐パリ、快晴。
この夏の終わりの最高の日、
そして1年に渡る挑戦の始まりの日、
私はずっと覚えていることになるでしょう。
私の部屋の窓から。